〜こんな案件ありました~ あきれた公正証書遺言
≪はじめに≫
私は今まで公正証書遺言無効確認請求事件を、原告側、また被告側として13件受任してきました。
今日紹介するのは、公正証書遺言無効確認請求事件ではなく、遺産分割事件です。
この事件は、直接の争点になったわけではありませんが、公正証書遺言作成過程が余りにも杜撰でした。
≪公正証書遺言作成の経緯≫
以下は、依頼者である長女と次女らから伺った公正証書遺言作成の経緯です。
母は、日ごろから長男にいじめられており、財産横領を恐れて、定期預金証書、登記済証、実印を二女に預けていました。長男は母に電話をかけさせ、二女に実印を返すように求めたが、二女は実印を返しませんでした。その理由は、同じ電話で母が長男の隙を見て、実印を返す必要はない、と真意を教えてくれたからでした。そのため長男は、勝手に母の実印を新しく作り、母を連れて市役所に行き、実印の変更届をさせました。そして印鑑証明書を入手し、次いで、公証人役場に電話をかけ、公正証書遺言作成に必要な書類を確認したうえで、公正証書遺言作成のための証人2人は長男の知人に依頼しました。さらに登記簿謄本、固定資産税評価証明を入手し、必要な書類をそろえて、ついに自分が思うとおりの遺言書案を勝手に作成し、母には遺言書案の内容を隠したまま、空白部分に署名をさせました。そしてこの遺言書案を事前に公証人役場に送付しておき、公正証書遺言作成当日、母には外出すると偽って車に乗せ、途中証人2人を同乗させて公証人役場に到着。公証人役場では、長男は部屋の外で待機し、事前に送った案と同じ内容の公正証書遺言が作成されました。公正証書遺言作成時間はわずかでした。母が公正証書遺言の作成に応じたのは長男の逆恨みを恐れてのことでした。その後、母は意に沿わない公正証書遺言を作成させられたといって、内容を完全に改めた自筆証書遺言を作成しました。
≪事件の経過≫
母の死亡後、長男は公正証書遺言を出して『公正証書遺言』とおりに遺産分割すべきだと主張しましたが、長女・二女らは、直ちに家庭裁判所に自筆証書遺言の検認申立を行い、自筆証書遺言に基づいて遺産を分割がなされました。民法上は後から書いたものが優先されるから、母が後日書いた自筆証書遺言が優先されたのです。
長男は、最後まで公正証書遺言が有効だと主張したが、公正証書が有効か否かは争点ではなかったので長男の主張通りの遺産分割はされませんでした。
≪弁護士からひと言≫
公正証書作成の要件は本来厳格なものであり、その場で遺言の内容を公証人の前で読み聞かせたうえで、遺言者及び証人が公証人の筆記が正確なものであることを承認しなければなりません。このような形式からすると、わずか短い時間で公正証書遺言が作成されることはあり得ません。
にもかかわらず、今回のケースのように公正証書遺言の作成過程が余りにも杜撰なことが、現実として起こりえます。そして裁判の場面においては、公正証書遺言が有効に作成されたことを覆すのは難しいのです。
今回のケースでは後日、自筆証書遺言が作成されていたため事なきを得ましたが、公正証書遺言作成にあたっては手続きを厳格に守る必要があることを感じさせられた一件でした。