2023.07.21

清水建設で起きた男性社員の過労自殺について法的解説

#板根富規弁護士#労災#労働問題

<事件のあらまし>
2021年8月19日、清水建設の男性社員(当時29歳)が自殺しました。
男性社員についてはトラブルも特になく、男性の遺族は過重労働が原因ではないかと疑いました。
当初、会社が示した勤務記録によると男性の長時間労働は確認されませんでした。
しかし、会社の業務用パソコンの使用状況と入退室の記録を確認したところ、勤務記録と食い違う部分があることが判明し、特別調査委員会が作られました。
そして、再調査の結果「過労死ライン」を超える残業をしていたことが判明しました。

<法的問題に入る前に基本的な理解>
そもそも原則として、会社は社員に対し、1日8時間、週40時間を超えて労働をさせることはできません。(労働基準法32条)
これを超えて時間外労働をさせる場合には労基法36条に基づく労使協定を結ばなければなりません。(いわゆるサブロク協定)
そして、時間外労働についても上限が定められており、「月45時間・年360時間」を超えて労働をさせることは、原則として許されないようになりました。(働き方改革関連法)
これに対し、「過労死ライン」とは、厚生労働省が定めた基準で、労働災害認定で労働と過労死・過労自殺との因果関係判定に用いられるものです。
約2か月から6か月にわたって月80時間を超える時間外労働がある場合過労死ラインを超えていると判断されます。

<事件についての法的な問題点>
この事件においては、清水建設はサブロク協定を締結し、時間外労働が月80時間を超えないように、「時短目標」を掲げ、これを達成するように社員たちに呼びかけ、「時短目標」の達成を評価の対象にしていました。勤務時間については社内パソコンのログオン時間を記録することで管理をしていました。
しかし、男性社員は「時短目標」を達成するために、自身の持ち込んだパソコンを併用し、ログオン時間を操作することで、会社の管理を免れながら業務を続けていました。
特別調査委員会が男性のパソコンの操作履歴を調べた結果、事件の直近3か月の残業時間は月100時間を超えており、「過労死ライン」を超えた残業をしていたことが判明しました。
本件のように、時間外労働の形態がサブロク協定に違反している場合、会社は次のような責任を負います。
(1)労基法119条1項違反
労基法32条及び、35条に違反したことにより、労基法119条1項の責任を負います。
使用者に対して6か月以下の懲役、または30万円以下の罰金が科されます。
(2)安全配慮義務
使用者は労働者が働く環境に配慮する民法上の義務を負っています。(安全配慮義務)
会社は、安全配慮義務違反について、民法上の損害賠償の責任を負います。

<再発防止のために>
(1)システムの構築から見直す
清水建設は、ログオン・ログオフにより勤務時間を“機械的に”管理していました。
機械は嘘をつかないので、記録は客観的なものだと思われがちです。
しかし、機械によって管理をしていても、システムを作った“人間が“想定していない事態が起きた時は、システムは人間が図ったようには動きません。
まずは”人間“がやることに疑いを持ち、”人間“が作ったシステムが十分なのかを吟味する必要があります。
今回の事件について、勤務時間を職場のパソコンで管理している以上、私物のパソコンで業務を続ければ勤務実態を把握できないことは明らかです。
私物のパソコンの持ち込みを制限し、それを何のために使うのかを、会社のサイドで、はっきりと把握しておくべきでしょう。
(2)人間による監視
業務はパソコンがなくてもできるものもあるはずです。
そうであれば、残業しているものがいないかを定期的に見回って監視する必要もあります。
(3)業務の量を見直す
1か月で人間がやれる業務の量には個人差はあれ限界があります。
個人の負担が増えすぎていないか定期的にチェックし、業務過多が発生しないように気を付ける必要があります。

<労働災害に関して弁護士ができること>
今回の事件では、企業として残業時間の短縮という目標を掲げ、実際に残業をさせないような枠組みを作っていたにもかかわらず、個別の社員の労働の実態を把握しきることができず、過労自殺という最悪の結果を招いてしまいました。
社員一人当たりの業務量は据え置きのままに残業時間の縮減を目指したことが、結果として社員に厳しいノルマを課してしまったことにほかなりません。
当法律事務所では、労働者の立場からだけでなく、企業の立場からも労働の問題を取り扱っております。
自身の労働環境への疑問、社内の健全な労働環境の構築等、あらゆる分野のご相談を受け付けておりますので、まずはご相談ください。